[平成ランナーズ playback vol.4]設楽啓太「最後に見せたエースの背中」

引用元:Number Web

 秋が過ぎ、冬を迎え、その兄弟の名は徐々に駅伝ファンの間に知れ渡っていった。

 設楽啓太と、設楽悠太。

 東洋大学に進学した双子の兄弟は、駅伝シーズンを迎えるとロードで無類の強さを発揮し始める。最初に注目を集めたのは、兄である啓太の方だった。

 2010年10月11日、大学駅伝デビューとなった出雲駅伝で1区5位の好走。続く11月の全日本大学駅伝では同じ1区で区間賞(当時のコースにおける歴代5位のタイム)を奪ってみせた。年が明け、迎えた第87回箱根駅伝、啓太はルーキーながら各校のエースが揃う“花の2区”に抜擢され、周囲を驚かせた。

 啓太はここで区間7位と粘りの走りで、大会新記録での往路優勝に大きく貢献する。

酒井監督の頭にあった育成プラン。
 もっとも、ルーキーの2区起用を決めた酒井俊幸監督の頭には、明確な育成プランがあったはずだ。エースの育て方というテーマで後に話を聞いた際、酒井はこう話している。

 「設楽兄弟にしても、1年生の時からその路線で育てました。特に啓太は悠太よりも練習が積めるし、悠太も兄を目標としていたので。だから啓太はインカレも学生三大駅伝もすべて出たし、つなぎの区間に使ったことは一度もなかったですよね。東洋大のエースとしてチームを引っ張って欲しかったから、そういう意識付けをしてきました」

 つまりは、本人の自覚を促すためのエース区間への起用であり、その後も啓太を2年、3年と続けて箱根駅伝の2区に抜擢したのはそうした考えがあってのことだった。

上級生になって一変した印象。
 今でこそマラソン選手としての実績で弟の悠太が抜きんでた印象があるが、学生の頃はむしろ悠太以上に啓太の評判が高かった。

 初めて設楽兄弟を見た1年生の夏合宿、夕食の際にトマトが食べられないことを上級生にいじられている姿が印象に残っている。まだ兄弟ともに線が細く、絞り出す声も細かった。特に悠太の方は返ってくる言葉もまばらで、チームの中で上手くやっていけるのかおせっかいながら心配になったものだ。

 だが、上級生になると印象は一変。

 「近寄りがたいです」と1年生の1人がつぶやくほど、東洋大のエースに成長した彼らからは自信が感じられた。

 風格やオーラは、実績が作り出す空気感のようなものだろう。